日々東北現代|ARTICLE

日々東北現代|ARTICLE

白いマイクスタンド編②「20〜30mmの違和感。」

2022年。

今度は、高さが気になった。

「50th ANNIVERSARY TOUR “MY WAY”」。

新しくなった国立競技場で開催された2DAYS。私は2日目に参戦した。良席に恵まれたこともあり、いつもとは少し違うところまでよく見えた。

まず気になったのが、靴だった。

本編を通してスニーカー。衣装に合わせて黒。アンコール、定番の白い衣装では白。近くで見ていたので、スポーツメーカーのロゴまで肉眼で確認できた。

そして、もう一点。マイクスタンド、高くないか?少し歌いにくそうにすら見えた。スニーカーによる立ち姿の違いなのか。私の見間違いなのか。

そういえば以前、身長は180cmと認識していた。

展示されているマイクスタンドを実際に見ても、171cmの私にはだいぶ高さがあり、180cmという数字にも妙に納得した記憶がある。ところが今回、念のためWikipediaを覗いてみたら、いつの間にか177cmになっていた。

……縮んだ?

もちろんWikipediaなので、これをもって何かを断定するつもりはない。ただ、年齢を重ねれば身体も変わる。

靴も変わった。立ち姿も変わる。だとすれば、長年身体の一部のように扱ってきたマイクスタンドだけが、昔とまったく同じである必要もない。

この2DAYS、演出に違いはあるものの、私が参戦した2日目でマイクターンを確認したのは、本編終盤「熱帯夜」での一回だった。

この年、もう一つ大きな節目が予定されていた。

日本武道館150回目。1977年、日本武道館。

一曲目は「カモン・ベイビー」だった。

そして30年後。2007年12月16日、100回目。

一曲目は、また「カモン・ベイビー」。

普段なら「寂しくてたまらない」から始まるツアーだった。だから、イントロが鳴った時点で分かる。

30年前に戻ったのだ。

当時を思わせる衣装で現れ、同じ曲から始まる。

30年という時間を自分自身の人生と重ね、感極まって泣いているファンも多かった。私も、あの日の光景をよく覚えている。

そして2022年。150回目を迎えるはずだった。

迎えられなかった。12月20日に予定されていた公演は、喉の不調により中止となった。そして翌2023年12月14日、振替公演として二年越しの150回目を迎えることになる。

その2023年。

夏のロックフェスでライブ活動が始まった。

一曲目。

「カモン・ベイビー」。

100回目と同じことを150回目でもやる。

そんな単純な演出はしない。

その代わり、その年最初のステージで持ってくる。

憎い。そして、もう一つ。

白いマイクスタンドを見て、すぐに思った。

短くなった。

私の目には、従来より20〜30mm程度詰められたように見えた。もちろん実測したわけではない。長年見続けてきた人間の所見である。

ふと、先ほどの177cmが頭に浮かぶ。

以前認識していた180cmから177cm。

3cm。

私が感じたマイクスタンドの違いは、2〜3cm。……。

妙に数字が合う。だからといって「身長に合わせて30mm短くした」などと言うつもりはない。そんな資料はどこにもない。

でも、長年見続けてきた人間としては、こういう偶然が一番気になる。さらに、軽そうにも見えた。

一曲目から、ご無沙汰だったダブルマイクターン。

明らかに軽快だった。同年「Welcome to Rock’n’Roll」仙台公演。

私は花道付近の席だった。マイクシールドをいっぱいまで伸ばし、花道センターで歌う。こちらに背中を向ける。普通なら、少し残念な瞬間なのかもしれない。

私は違った。

マイクスタンドの脚の裏を見ていた。

穴が開いている。しかも、一つではない。無数の穴。肉抜き。その瞬間、前年から感じていた「軽量化したのではないか」という予想が、私の中ではかなり確信に近づいた。

もちろん、それが軽量化だけを目的とした加工なのかは分からない。ただ、見えないところまで何かが変わっている。

そして12月14日、日本武道館150回目。

マイクターン後、スタンドが倒れるアクシデントがあった。その瞬間、脚の裏側が見えた。

やはり、穴がある。こうなってくると、ライブを観ているのか、マイクスタンドを観ているのか、自分でもよく分からない。近年、マイクターンの数も増えたように感じる。

使い勝手も向上したのだろうか。

翌2024年「FIGHT ON」でも、同型と思われるスタンドが使われていた。ライブ参戦中は盛り上がっていて気付かなかった。

後から映像で「JEALOUSY」のマイクターンを見返したときだった。少し気になった。

マイクターンの醍醐味。スタンドの回転による遠心力で、マイクシールドが大きな弧を描く。私は、あれを芸術だと思っている。

同意してくれるファンは少なくないと思う。

ところが、軽量化されたように見えるスタンドでは、以前より遠心力が弱いのか、シールドの勢いが少し弱く見えた。さらに回転した脚が、ご本人の足元に当たる。

従来の重量なら相当痛いだろう。やはり軽いのか。

軽くなれば扱いやすくなる。しかし、軽くなればいいというものでもない。マイクスタンドにも、チューニングがあるのではないか。

そんなことを考えるようになった。重量なのか。重心なのか。素材なのか。長さなのか。

たかが20〜30mm。されど20〜30mm。

そして、その後のステージを見ていると、また少し印象が変わった。マイクを掴んだときの勢い。回転。シールドが描く弧。往年のパフォーマンスに近い何かが戻ってきたように感じた。前年、ただ客席から見ていただけの私ですら違和感を覚えた。本人が気付かないわけがない。

そう考えると、改めて何かチューニングされたのではないか。もちろん、これも私の勝手な考察である。

1977年から始まり、素材を想像し、形を追い、高さを疑い、脚の裏の穴まで覗き込んだ。

長々と何を言いたかったのか。白いマイクスタンドが好きなのだ。たぶん、ここまでならそれで話は終わる。

でも、その年の暮れ。私自身、本当にいろいろあった一年だった。詳しく書くほどのことでもない。

ただ、年末まで来て、どうにか今年も終わるなと思っていた、大晦日。

家族と何となく紅白歌合戦を見ていた。

そこに、ご本人が出てきた。

「止まらないHa~Ha」。白いマイクスタンドを掴む。

回す。

歯を食いしばる。あの顔をする。

ずっと見てきた、完璧なあれだった。

そして「トラベリング・バス」。

曲が始まった歌いだし、「きつい旅だぜ、お前にに分かるかい」・・・なぜか涙が出た。

悲しいわけではない。嬉しい、ともちょっと違う。

一年いろいろあって、こちらも勝手に歳を取り、向こうも歳を取る。

それでも大晦日のテレビの向こうで、白いマイクスタンドを握って、こちらが見たかったものを見せてくれる。

ファンというのは勝手なものだ。いつまでもやってほしいと思う。昔と変わらない姿を見たいと思う。

でも、無理はしてほしくないとも思う。

身体のことを心配しておきながら、マイクスタンドを回せば喜ぶ。ずいぶん身勝手である。

それでも、その期待に応えるように、また白いマイクスタンドを回すシーンを無意識に自分と投影し、私はそれを見て泣いている。

そうか。

20〜30mmがどうとか。

チタンだ、ジュラルミンだとか。

肉抜きの穴がどうとか。

そんなことを長々と書いてきたけれど、本当はそんなことを言いたかったわけではないのかもしれない。

私は、あなたの白いマイクスタンドに憧れ、

昔から、愛していると。。。

ライター:フランク・ミサオ

上部へスクロール