最近、SNSを見ていると、お客様から店員への強い言葉や要求が話題になることがある。「カスハラ」なんて言葉も、すっかり珍しくなくなった。そんなご時世に、
「おまえの酒は飲めん!」
なんて言われたら、どうだろう。言葉だけ切り取れば、なかなかである。これが漫画なら、言い放ったあとに器でも割れば海原雄山である。残念ながら、うちのグラスは割られていない。
ただ私は、ケースによって厳しい言葉がバーテンダーの成長を左右することもあると思っているという話。
もちろん、誰から何を言われてもありがたく受け止めろ、という話ではない。店をやっていれば、スタッフの入れ替わりはどうしてもある。以前、バーテンダーを志望して入ってきたスタッフがいた。
飲み込みが早い。要領もいい。教えたこともすぐ覚える。器用なタイプだった。
見習いとして日々練習し、レシピも覚え、作り方にも大きな問題はなかった。そんな彼が、ある日お客様からのご配慮でお酒を作らせて頂く機会を設けて頂いた。
結果、「おまえの酒は飲めん。」
厳しい。しかも、それを言われたのは一度ではない。
別の人からも、同じようなことを言われた。
「おまえの酒は飲めん。」二人である。
一人は同業の大先輩。もう一人は、足繁く店に顔を出し、いつも店を支えてくれていた、バーをよく知るお客様だった。ここは大事なところだと思う。
初めて来た店で、見習いの作った酒を一口飲み、いきなりこんなことを言えば、ただの嫌な客である。当時だって、誰にでも言っていい言葉ではなかった。言った二人は、昨日今日の付き合いではない。
店を知っている。私たちを知っている。そして、その見習いがカウンターの中で育っていく姿も見ていた。だからこそ出た言葉だったのだと思う。今なら、言わないのかもしれない。何かを感じても黙ってグラスを置く。次から別のバーテンダーに頼む。あるいは、何も言わず店から足が遠のく。その方がスマートなのかもしれない。
だから、厳しいことを言ってくれるお客様が正しい、という話をしたいわけではない。ただ、あのときの「おまえの酒は飲めん」には、酒の味だけではない何かが含まれていた。
では、何が悪かったのか。
レシピは間違っていない。作り方も間違っていない。
致命的に技術が足りないわけでもない。それでも、飲めない。私には、なんとなく分かっていた。一杯の酒に、魂が入っていなかったのだ。
「魂」
ずいぶん曖昧な話である。ジン45mlなら45mlである。魂を5ml足す、なんてレシピはない。
海原雄山なら、それでも「入っておらん!」くらいは言いそうだが、残念ながらこちらは漫画ではない。
では、その「魂」とは何なのだろう。
彼は器用だった。要領もよかった。だから、できてしまう。できてしまうからこそ、一杯を作るという行為が流れてしまう。目の前にいるお客様と、自分がこれから出す一杯に、真剣に対峙している緊張感が感じられなかった。
それを、カウンターの向こう側にいる二人は見抜いたのだと思う。もちろん、本人からすれば納得できなかっただろう。レシピ通りに作っている。手順も間違っていない。それなのに「魂が入っていない」と言われる。
「では、何を直せばいいんですか?」
そう思ったとしても不思議ではない。今なら、彼の感じた理不尽さも少し分かる。
目に見えない。
数字にもできない。
教科書にも書いていない。
そんなものを理由に「おまえの酒は飲めん」と言われるのだから。彼はほどなくして、店を辞めた。
職人やモノづくりに必要なセンスというものが何なのか、私にも正解は分からない。ただ、その一つに「真剣さ」はあるのではないかと思っている。だから、というわけでもないが、私には見習いがデビューする頃になると、ささやかなプレゼントがあった。練習を重ね、そろそろ簡単なお酒ならお客様に出してもいい。そう思える時期が来る。
すると私は、なるべく同業の重鎮や大先輩にお願いして、店へ来てもらった。一人ではない。できれば三人くらい。カウンターに並んでもらうシチュエーション。
そして、その前で見習いに酒を作らせる。
総じて、緊張する。手が震える。
メジャーカップを持つ手。
ボトルを持つ手。
ライムを絞る手。
ステアする手。
いつも練習していることなのに、目の前に重鎮が三人並んだだけで、普段通りにはいかなくなる。なかなか嫌なオーナーである。でも、それが私からのデビュー祝いだった。
極上の緊張感。
なぜそんなことをするのか。私もそうだったからだ。見習いだった頃、初めてお客様に作った一杯。目の前には、その世界の重鎮がいた。
緊張で手が震えた。普段なら何でもない動作が、ひとつひとつ怖い。失敗したくない。美味しいと言ってもらいたい。何より、自分の作った酒をこの人が飲む。そう思えば、嫌でも一杯と真剣に向き合う。日頃の練習も、教わったことも、何度も繰り返した動作も、全部そこに出る。不慣れでいたらなかったであろう、そのジントニックを飲まれた後に一言。「うん、うまいよ」
そこで安堵したと共に、プロとは何なのかを理解した日だった。
その極上の緊張感こそが、あの二人の言った「魂」の正体だったのかもしれない。バーテンダーは、レシピを覚えればなれるわけではない。作り方を覚えれば完成するわけでもない。
技術は教えられる。レシピも教えられる。練習もさせられる。でも最後の一つだけは、自分で入れるしかない。
魂。
……。
やっぱり、ずいぶん曖昧である。ちなみに私の店では、見習いのデビューの日になると、カウンターに大先輩が三人ほど並んだ。
手は、だいたい震えた。
それでいい。私からの、ささやかなプレゼントである。