気持ちはわかる。でも支持は出来ない。
好きだから近づきたい。同じものを持ちたい。同じ格好もしてみたい。その気持ちはわかる。でも、どこまで踏み込んでいいのか。熱狂的なファンと世間の常識、自分の倫理観。その際どいボーダーラインの話。
好きだから近づきたい。同じものを持ちたい。同じ格好もしてみたい。その気持ちはわかる。でも、どこまで踏み込んでいいのか。熱狂的なファンと世間の常識、自分の倫理観。その際どいボーダーラインの話。
子どもの頃から好きだった「トイ・ストーリー」を、親になって初めて娘と一緒に観た。同じ映画なのに、ボニーやおもちゃたちの姿が少し違って見え、床に転がるおもちゃや娘の楽しそうな様子にも、これまでとは違うものを感じた。映画を観たあと、いつもの日々が少しだけ違って見えた話。
バーで注文されると、バーテンダーが少し緊張する一杯がある。派手なカクテルでも、マティーニでもない。シンプルな一杯から見えてくる、カウンターの内側と外側で受け継がれてきた話。
1975年、ソロ活動開始。そこから映像を遡り、私が白いマイクスタンドを確認できるのは1977年、日本武道館スーパーライブあたりだろうか。 ちなみに、この時点で私はまだ産まれていない。 つまり私は、自分がこの世に存在する以 […]
通信機器は、ポケベルから携帯電話、スマートフォンへと主役を変えてきた。では次に変わるのは端末なのか、それとも使う私たちなのか。通信機器の進化と成熟を考える連載最終回。
スマートフォンは進化を止めたのか。それとも、社会に深く定着するほど成熟したのか。通信機器の進化が鈍化する一方で、情報は蓄積され続ける。その便利さと社会への影響を考える。
呼び出すだけの機械だったポケベルは、数字、文字、表現へと短期間で役割を広げた。その進化は、ひとつの通信機器が可能性を使い切り、次の器へ役割を渡す過程そのものだったのかもしれない。
新型iPhoneの発表をきっかけに、ふと考えた「通信機器の進化」とは何か。性能向上ではなく、ポケベルから携帯電話、スマートフォンへと受け継がれてきた“器の役割”から、その変化を考える。