通信機器は、何度も主役を入れ替えてきた
ポケットベル。PHS。携帯電話。そしてスマートフォン。通信機器は、時代ごとに姿を変えながら、人と人との距離を縮めてきた。ポケベルは「呼び出す」ための機械から、数字や文字を伝える機械へ変わった。携帯電話は通話だけではなく、メールやインターネット、カメラ、決済など、さまざまな役割を取り込んでいった。そしてスマートフォンは、それらの多くをひとつの端末の中へまとめた。現在では、通信機器という言葉だけでは説明しきれないほど、生活の中に深く入り込んでいる。
進化は「高性能になること」だけではなかった
ここまで振り返ってきて、ひとつ見えてくることがある。通信機器の大きな変化は、単に処理速度が上がった時に起きたわけではない。数字しか表示できなかったものが、文字を扱えるようになった。通話だけだったものが、メールを扱えるようになった。携帯電話だったものが、インターネットへつながる端末になった。
つまり大きな進化とは、「より高性能になること」だけではなく、「その道具が何のために存在するのか」という役割が変わることでもあった。
スマートフォンは、すでに多くの答えを出してしまった
スマートフォンは、この十数年の間に多くの役割を引き受けてきた。
電話。カメラ。音楽。地図。財布。テレビ。ゲーム。仕事。買い物。行政手続き。SNS。
そして現在ではAIまで、その中に入り始めている。ここまで多くの役割を一台に集めた通信機器は、これまでなかった。だからこそ、スマートフォンは少し特殊な位置にいるように思う。新しい機能が追加されても、「まったく別の機械になった」というより、「できることがさらに増えた」と感じることが多くなった。
それは、スマートフォンという器が非常に完成度の高いところまで来たからなのかもしれない。
私たちは、進化に慣れすぎたのだろうか
技術の変化が小さくなったのではなく、私たち自身が、その変化に慣れてしまった可能性だ。かつては、外出先から電話ができるだけで驚いた。数字を送れるだけで新しかった。文字を送れるだけで便利だった。写真を撮って、その場で送れることに驚いた。携帯電話でインターネットを見ることにも驚いた。現在ではどうだろう。世界中の情報へ数秒でアクセスできる。遠く離れた相手と映像で話せる。スマートフォンだけで買い物も、銀行も、仕事もできる。AIと会話しながら文章や画像まで作れる。それでも、私たちはそれを日常として受け入れている。驚くべき技術が日常になった結果、「進化を感じる基準」そのものが高くなったとも考えられる。
便利さは、いつしか風景になる
便利なものは、普及した瞬間から少しずつ特別ではなくなっていく。駅に自動改札があること。コンビニが24時間営業していること。地図を見なくても現在地が分かること。誰かに連絡すれば、ほとんどの場合すぐにつながること。一度それが当たり前になると、人は「便利になった」と感じなくなる。便利さは、やがて生活の風景になる。スマートフォンも、まさにその段階に入ったのかもしれない。
ただ、成熟した道具には新しい問題も残る
前回触れたように、通信機器が社会に深く定着すると、その便利さだけではなく、その上で生まれた問題も長く残る。
SNS。評価。比較。炎上。誹謗中傷。情報過多。
若い世代にとっては、オンラインと現実を完全に分けること自体が難しくなっている。情報は流れるだけではなく、残る。蓄積される。検索される。再び拡散される。つまり、通信機器の進化が落ち着いたとしても、その上で生まれる社会の変化まで止まるわけではない。
次に必要なのは、端末の進化だけなのか
もしスマートフォンというハードが成熟しているのだとすれば、次に必要なのは必ずしも新しい端末だけではないのかもしれない。情報とどの距離で付き合うのか。どこまでつながるのか。何を記録として残すのか。どこで通信を切るのか。便利さをどこまで受け入れ、どこから自分で距離を取るのか。そうした「人間側の使い方」もまた、通信社会における次の進化のひとつなのかもしれない。
次の主役は、何になる?
ポケベルは役割を広げた後、PHSや携帯電話へ主役を渡した。携帯電話もまた、多くの機能を取り込みながらスマートフォンへ変わっていった。では、スマートフォンは何へ役割を渡すのだろう。折りたたむ端末なのか。身につける端末なのか。AIが中心になるのか。あるいは、私たちがまだ想像していない何かなのか。それはまだ分からない。ただ、過去の通信機器を振り返ると、ひとつの道具が成熟した時、その先では「もっと高性能な同じもの」だけではなく、別の形や別の使い方が生まれてきた。その意味では、スマートフォンもいつか、いま私たちが見ているものとは違う形へ変わるのだと思う。
進化が遅くなったのか。それとも、私たちが変わったのか
ポケベルの数字に意味を込めていた時代から、世界中の情報をポケットに入れて歩く時代まで。それほど長い時間が経ったわけではない。それでも通信機器は、人の暮らしだけでなく、人と人との距離や、情報との付き合い方まで変えてきた。
だからこそ、次の通信機器がどんな形になるのか。その時、私たち自身がどう変わっているのか。まだ分からないことは多い。
でも、いつだって未来はワクワクするものにしようじゃないか。
ライター:フランク・ミサオ