ポケベルは「呼び出す機械」から始まった
通信機器の進化を考えるとき、ポケットベルはとても分かりやすい存在だと思う。いま振り返れば、できることは驚くほど限られていた。当初の役割は、誰かに呼び出されたことを知らせること。それだけだった。しかし、その限られた仕組みの中で、人はすぐに別の使い方を見つけていく。数字を表示できるようになると、その数字そのものに意味を持たせるようになった。ただの番号が、言葉の代わりになる。通信機器の側が大きく変わる前に、まず利用者の側がその可能性を広げ始めた。
数字は、情報になり、言葉になった
数字しか表示できない。それは本来、大きな制約だったはずだ。しかし、その制約があるからこそ、数字の並びに意味を持たせる文化が生まれた。語呂合わせや共通のルールを使い、数字だけでも気持ちや用件を伝える。伝えられる情報量はわずかでも、そこには送り手と受け手の間で成立する独特のコミュニケーションがあった。そして次第に、数字だけでは足りなくなる。
もっと直接的に伝えたい。
もっと長く伝えたい。
もっと多くの人が同じように理解できる形にしたい。
その要求に応えるように、ポケベルは文字を扱うようになっていく。
数字から文字へ。それは大きな分岐点だった
文字を扱えるようになったことで、ポケベルの役割は大きく変わった。「呼び出す機械」から、「短いメッセージを送る機械」へ。これは単なる機能追加ではなかった。その機械が何のために使われるのかという意味そのものが変わった。ここには、通信機器としての明確な進化があったと思う。数字しか扱えなかったものが、言葉を扱える。相手を呼び出すだけだったものが、用件そのものを伝えられる。
ハードの持つ役割が一段階変わった瞬間だった。
その先の進化は「拡張」に近づいていった
ただ、文字まで扱えるようになると、進化の性質は少しずつ変わっていく。表現できる文字が増える。記号が増える。絵文字のような表現が加わる。より多くの意味や感情を伝えられるようになる。もちろん、それも大切な進歩だ。しかし、「数字しか扱えない機械が文字を扱えるようになった」という変化と比べると、役割そのものが別物になったわけではない。すでにある仕組みの中で、表現を広げていく段階に入っていた。
ここにひとつ、通信機器の成熟を考えるヒントがある。
ひとつのハードには、できることの範囲がある
どれだけ工夫しても、ひとつの機械には構造上できることと、できないことがある。ポケベルの場合、短い情報を受け取ることには向いていた。しかし、その場で会話をする。長い文章をやり取りする。好きな時に相手へ送信する。音声だけでなく、画像やさまざまな情報を扱う。そうした要求まで満たそうとすると、ポケベルという器だけでは足りなくなる。つまり問題は、性能が低いか高いかではない。
ハードの役割と、人が求めるものとの間に差が生まれることだ。
可能性を使い切るとは、進化が止まることではない
ここで重要なのは、「役目を終える」という言葉を、技術の終わりとして捉えないことだと思う。ポケベルがその役割を終えていったのは、劣った機械だったからではない。むしろ、その時代に求められた役割を十分に果たした。呼び出す。数字を伝える。言葉を伝える。その小さな端末の中で、できることを増やし続けた。そして次に人が求めたものが、その器の外側へ広がった。だから、次の通信機器が必要になった。
それがPHSや携帯電話だった。
新しい通信機器は、古いものの欠点だけを埋めるわけではない
新しい機器が登場するとき、単純に前の機械を高性能にしたものが出てくるとは限らない。それまで存在しなかった使い方そのものが生まれることがある。ポケベルでは、情報を受け取ることが中心だった。PHSや携帯電話では、その場で相手と話すことができる。さらに携帯電話では、メールやインターネットなど、通信の幅そのものが広がっていった。つまり、新しいハードへの移行は、「同じものが便利になる」という変化ではなく、「できることの前提が変わる」という変化でもあった。
ポケベルは、通信機器の進化を考える小さな模型だったのかもしれない
ポケベルの時代は長くはなかった。しかし、その短い期間の中で、呼び出す。数字を伝える。数字に意味を持たせる。文字を伝える。表現を広げる。という変化が詰まっていた。そして、その先にPHSや携帯電話が現れた。この流れを見ると、通信機器には、「新しい機能が加わる時期」と「ひとつの器として成熟する時期」と「次の器へ役割を渡す時期」があるようにも見える。
ポケベルは、その変化をとても短い時間で見せてくれた通信機器だった。では、携帯電話はどうだったのか。小型化、メール、インターネット、カメラ、決済。ポケベル以上の速度で役割を広げた携帯電話もまた、やがてスマートフォンへ主役を渡していった。
次回は、
「進化の鈍化は、成熟した社会の産物でもある」という視点から、携帯電話からスマートフォンへ続く流れと、ひとつの通信機器が成熟することで社会に何が起きるのかを考えてみたい。